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神がサイコロを振らずとも

公開日:2022年08月27日

神がサイコロを振らずとも

神がサイコロを振らずとも

僕らは常に誰かが振った賽の下敷きになっている

今日があんまり幸せだったから

ここで死んでも悔いはない

そう思って我に返る

生き死にの選択がこんなにも手の届くところに転がっている

今無垢なものが溢れるように笑ったあの子は昨日

学校で筆箱を隠されていたかもしれない

両手で隠すように涙を流していたあの子は今朝

愛する人の腕の中で目覚めたかもしれない

選択の結果が君の前にある

ただ、選択したのが君とは限らない

理不尽ではない

僕らは確率の書かれた紙の上で踊っているに過ぎない

そしてそれに一喜一憂することを

誰かの振った賽の目に翻弄されることを

自分の選んだ番号が呼ばれるのを待つことを

僕らは「生きる」とそう呼んでいる

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26歳と27歳

26歳になった。25歳の年は酷い年で、まぁこのブログが出来たのもそのおかげなので、どのように酷い年だったかはこのブログの過去の記事を見て欲しい。しかし、最後の最後に素敵な出会いがあり、僕の人生は25歳で終わらずに済んだ。

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生きていくということ

谷川俊太郎の詩に「生きる」というものがある。

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