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カッコよく生きたい

公開日:2022年07月05日

個人

カッコよく生きたい

普段僕のブログを読んでる人からしたら僕が躁状態であることをまず疑うだろう。 こんなタイトルでごめんなさい。 まず「カッコよく生きたい」というタイトルのブログを書いていることがカッコよくないことを自覚すべきだという意見をお持ちの方。 ごもっともです。 なぜこんなブログを書くかというと、僕はちゃんとこれからどうやって生きていくか決めたいと思ったのです。 僕という人間はそういったことをちゃんと書いてまとめておかないといけない人間なのです。 僕は今月で26になります。 26年、四半世紀と1年生きたのですが、僕を突き動かす原動力といえば、 「なんで僕ばっかり」とか 「このまま終わってたまるか」とか 「早く自分を壊して消えてなくなりたい」とか 「愛してくれるあの子のために」とか そんなのばっかりでした。 そういう原動力も悪くはなかった。 でもそういう原動力じゃ、ここから先は進めなくなっちゃうんです。 26からの人生はそういうものだと思っています。 仕事でのポジションも変わってくるでしょうし、結婚もしたいですし、子供も欲しいですし、親類もいつまでも元気ではないでしょうし、友達付き合いもきっと変わってくるでしょう。 いろんな責任が伴うのです。 僕は責任という言葉が嫌いです。 責任という言葉は誰かに責任を押し付けたいやつが作ったと思っています。 本当は全員に等しく責任があるはずなんです。 でも僕は責任を追わなければいけない立場にこれから立たされることが増えるでしょう。 僕もそれを望んでいます。上司とか夫とか親とか長男であることとか。 そういうときに、自分を動かすものが破滅願望や劣等感や恋愛感情ではきっと立ち行かなくなります。 なにより、そんなやつに責任ある立場は回ってきません。 だから僕が何を原動力に生きるのかちゃんと明確にしたい。 それが「カッコよく生きたい」です。 大分抽象的なのでもっと具体的に言うと、 「大切なものを守るだけの力を持つ」 「他者を愛する」 「正直に生きる」 とかです。

「大切なものを守るだけの力を持つ」

というのはもうかっこいいですね。 文句のつけようがない。 愛している家族や友人や恋人や仕事仲間を守れるだけの力を持つこと。 具体的にはお金や経験や知識です。 そして

「他者を愛する」

ここで重要なのは他者を愛すれど、見返りを求めてはいけないということです。 最近よく本を読むのですが、いろんな本に「愛する」ことの本質は見返りを求めないことだと書いてあります。 一番愛だと思うのはやっぱり「母親の愛」です。 母親はメリットなど一つもないのに子に乳をやり、おむつを替え、寝かせてやります。 それが愛で、僕らが追求すべき愛です。 「愛しているから愛して欲しい」というのは間違っているというのは、僕が25年かけて学んだことの一つでもあります。

「正直に生きる」

これは弱みを見せるということでもあります。 誰かに弱みを見せられるのは、それほど信頼している他者がいるということで、また正直に生きているということでもあります。 正直に生きると言うのは「思ったことをバリデーションにかけずに全部言う」ことではなくて、間違っている時は間違っていると思うと言ったり、 自信がないときは自信がないと言うことです。 あとは悲しい時は泣いて、嬉しいときに笑って、好きな人には好きと言うことです。 僕はそういう人間らしい機微のある人が好きです。

こんなふうに、僕はこれからの人生を生きていきたい。 「カッコよく生きたい」というシンプルな原動力に変えていきたい。 総じて「見返りを求めず、誰かの人生を幸せにするために生きていきたい」ということです。 こんなふうに言うと「見返りを求めないならお金をもらうな!」とか飛んできそうですが、お金がなければ生活が出来ず、 僕が死ねば今関わっている案件の人たちは困るでしょう。親や友達は悲しむでしょう。 それに結婚すれば家族を養わなければなりませんから家族を幸せに出来なくなってしまいます。 見返りを求めないというのは「自分だけを幸せにするような」という前提条件がつきます。 私腹を肥やすのではなく、誰かのために働き、誰かのために得たものを使う。 そういうふうに生きることが、大事なのかなと思っています。 自分を殺すためではなく、あなたのために生きていきたい。